大判例

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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)577号 判決 1977年3月09日

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

被告は原告らに対し、それぞれ一八八万一〇〇一円及びうち一七八万一〇〇一円に対する昭和四一年二月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

二  被告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は一・二審を通じてこれを四分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

(原判決主文)

一  被告は原告らに対し、それぞれ三三万一六八八円及びこれに対する昭和(以下略す)四一年二月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  この判決は、原告ら勝訴部分につき仮に執行することができる。

(原審における請求の趣旨)

一  三三万一六八八円を三〇六万七六六六円とするほか原判決主文一項と同じ。

二  右につき仮執行の宣言。

(不服の範囲)

当事者双方とも原判決の各敗訴部分。

(当審で拡張した請求の趣旨)

一  被告らは原告に対し、二五五二万一一二〇円及びうち二五〇二万一一二〇円に対する四一年二月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  右につき仮執行の宣言

(当事者の主張)

次のとおり補正するほか原判決事実摘示のとおりである。

一  原判決三枚目表末行目から四枚目表一〇行目までを左のようにあらためる(当審で拡張した損害金請求の原因事実)。

3 損害

(一)  訴外岡島弘は、本件事故により後頭部、右側頭部打撲挫傷の傷害を受け、事故当日死亡した。

(二)  逸失利益

(1) 亡弘は本件事故当時大阪城東郵便局保険課に勤務し、死亡前一年間の収入は五〇万五五七二円であつた。

(2) 亡弘が生存して引続き勤務していた場合、四九年度において確実に支払を受けた金額は、郵政省の賃金支給規定によると(イ)本給一か月九万円、(ロ)扶養手当一か月四二〇〇円(妻三〇〇〇円、子二人各六〇〇円)、(ハ)調整手当一か月七二〇〇円(本給の八パーセント)、(ニ)年間賞与四九万五八四六円(右(イ)(ロ)(ハ)合計額の四、八九か月分)であり、右一年間の合計収入は一七一万二六四六円となる。

(3) 亡弘は本件事故当時二七歳であつたから、なお三六年間就労可能であつた。

(4) そこで、死亡時から四八年までの八年間については前記(1)の収入を、四九年以降の二八年間については前記(2)の収入を基準とし、これから亡弘の生活費として各年の収入の三〇パーセントを控除したうえ、同人の死亡による逸失利益の現価を年毎のホフマン式により計算すると二三二二万一一二〇円となる。

(三)  慰藉料

亡弘の慰藉料として一〇〇万円、原告ら固有の慰藉料として各六〇万円、合計二八〇万円を請求する。

(四)  弁護士費用

原告らは弁護士に本件訴訟の追行を委任し、一・二審を通じて五〇万円の報酬支払を約している。

4 損害の填補

原告らは自賠責保険金一〇〇万円の支給を受けた。

5 結論

よつて原告らは被告に対し、総損害金から右一〇〇万円を控除した二五五二万一一二〇円及びこれから弁護士費用を除いた二五〇二万一一二〇円に対する本件事故日の四一年二月五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払を求める。」

二  拡張した請求原因事実に対する被告の認否と抗弁

(一)  右3(一)の事実及び4の事実は認めるが、原告ら主張の損害額は争う。なお、逸失利益は死亡当時の収入を基礎にして算定すべきものであり、死亡後の昇給見込額は考慮すべきではない。

(二)  仮に損害額の拡張請求が認められるとしても、拡張請求にかかる損害賠償債権は時効により消滅している。すなわち、不法行為による損害賠償債権は訴の提起により時効が中断されるが、本訴のごとき一部請求の場合にあつては、時効中断の効果が生じるのは訴状に記載された当該一部の賠償債権に限られ、残額には及ばないと解すべきである。そして、原告らが残額につき拡張請求をしたのは五〇年二月二五日であり、本件事故発生のとき(四一年二月五日)、訴提起のとき(四二年五月二四日)のいずれから起算しても三年以上経過していることは明白である。

三  右抗弁に対する原告らの認否

右抗弁を争う。本件訴訟の訴訟物は本件事故によつて生じた全損害の賠償請求権であるから、訴提起による時効中断の効力は全損害に及んでいるとみるべきである。

(証拠)〔略〕

理由

一  原告ら主張の日時場所において、訴外岡島弘の運転する原動機付自転車が転倒し、同人が後頭部、右側頭部打撲挫傷の傷害を受け、同日死亡したことは当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様、責任原因、についての当裁判所の判断は、原判決が説示するところ(原判決六枚目裏六行目から一一枚目表一〇行目まで)と同じである。

右認定に反する当審証人植田智の証言及び被告本人尋問の結果の各一部は、原判決挙示の証拠と対比してたやすく信用しがたい。

三  次に損害について判断する。

(一)  被告は、原告らが当審において拡張請求した損害賠償債権は、すでに時効により消滅した旨主張するので、まずこの点につき検討する。

原告らが本訴提起時に主張した不法行為による損害賠償債権は、亡弘の死亡による逸失利益七四〇万三〇〇〇円及び慰藉料二八〇万円であつたところ、原告らは当審に至つて右逸失利益を二三二二万一一二〇円に拡張したのであつて、(さらに弁護士費用五〇万円の損害を付加請求しているがこの点については後述する)右拡張請求にかかる債権と本訴提起時の請求債権はともに一個の不法行為から生じた同一性のある債権ということができる。ところで、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨であることが明示されていないときは、訴提起による消滅時効中断の効力は右債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶと解されるのであつて(最高裁四五年七月二四日判決参照)、本件弁論の全趣旨によれば、原告は原審において本件事故によつて被つた損害のうちの一部についてのみ判決を求める趣旨であつたものとは認められない。してみると、本訴の提起により、訴提起時の損害賠償債権と同一性のある拡張請求債権についても時効中断の効力が生じたものというべきである。この点に関する被告の抗弁は採用できない。

(二)  逸失利益

成立に争いのない甲一号証、三一号証の一・二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲四、五号証及び原告岡島英子本人尋問の結果を総合すると、亡弘は本件事故当時二七歳の普通健康体の男子であつて、大阪城東郵便局保険課外務事務員として勤務し、事故前の一年間に五〇万五五七二円の給与を得ていたこと、同人が存命であれば引続き右勤務を継続し、郵政省の給与規定に基づいて昇給したであろう可能性が極めて高く、これによれば四九年四月一日当時、俸給月額八万五三〇〇円、調整手当月額六八二〇円、扶養手当月額四二〇〇円(妻三〇〇〇円、子二人各六〇〇円)、賞与・奨励手当等年額四七万一〇〇〇円、以上合計年額一六二万六八四〇円の収入を得ていたことが認められる。

前掲甲一号証によると亡弘の長男たる原告利夫は三三年一一月生れ、長女の原告弘美は三六年三月生れであることが認められ、扶養手当は右原告らがそれぞれ一八歳に達する月までしか支給されないので、これを考慮すると

(イ)  四九年四月から五一年一一月までは前記年額一六二万六八四〇円の割合

(ロ)  五一年一二月から五四年三月までは年額一六一万九六四〇円の割合

(ハ)  五四年四月以降は年額一六一万二四四〇円の割合の収入があつたものと認めることができる。

そして、亡弘の就労可能年数は死亡した四一年二月から三六年間で、その生活費は収入の三〇パーセントと認めるのが相当であるから、四一年二月から四九年三月までの八年二か月は年収五〇万五五七二円の割合、それ以降は前記(イ)(ロ)(ハ)の各期間に応じた年収割合に基づき、これから前記割合の亡弘の生活費を差引いたうえ年毎ホフマン式により年五分の中間利息を控除して、同人の死亡による逸失利益の現価を算定すると一七七一万五〇二三円となる。

算式

<1>五〇万五五七二円×〇・七×六・七〇三=二三七万二一九四円

<2>一六二万六八四〇円×〇・七×(八・四八二-六・七〇三)=二〇二万五九〇三円

<3>一六一万九六四〇円×〇・七×(九・九一一-八・四八二)=一六二万〇一二五円

<4>一六一万二四四〇円×〇・七×(二〇・二七四-九・九一一)=一一六九万六八〇一円

<1>+<2>+<3>+<4>=一七七一万五〇二三円

(三)  過失相殺

被告の主張には過失相殺の主張も含まれるものと解されるところ、さきに認定した事実によれば、右弘は被害車を運転して道路上に停車中の加害車の右側を通過するに際し、当時は昼間で前方の見通しがよく交通量も少なかつたのであるから、十分前方を注視して加害車の停車位置や右側ドアの開扉状況を確かめたうえ、加害車との安全な間隔を保つてその右側を通過すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と加害車の右側約五〇センチメートルの至近距離を通過しようとした過失により、本件事故を発生させたものと認められる。そして、本件事故の態様や前認定の被告の過失内容等諸般の事情を考慮すると、亡弘の右過失の程度は被告のそれに比較してかなり重大であるから、過失相殺として原告らの損害額の八割を減ずるのが相当であると認められる。

(四)  損害の填補

原告らが自賠責保険金一〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(五)  慰藉料

(イ)  本件事故の態様、亡弘の過失の程度その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による亡弘の慰藉料額は原告らの請求どおり一〇〇万円を下らないものと認められる。

(ロ)  原告利夫、同弘美は前述のように亡弘の子であり、甲一号証により原告英子はその妻であると認められるところ、本件事故による原告ら固有の慰藉料は前記諸事情を考慮すると各六〇万円を下らないものと認められる。

(六)  弁護士費用

(イ)  原告らは本件訴訟追行を委任した弁護士に対し、一・二審を通じて五〇万円の報酬支払を約したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、弁護士が複雑困難な民事交通訴訟を受任するに際し成功報酬を約することは、特段の事情のない限り当然のことと考えられるのであつて、本件について右特段の事情は認められない。

(ロ)  しかして、弁護士報酬契約は原則として各審級ごとになされるものと解されるところ、本件記録によれば、原告らから委任を受けた弁護士が原告ら代理人として四二年五月二四日本件訴状を原審裁判所に提出している事実が明らかであるから、遅くとも右訴提起のときまでには一審の訴訟追行に関する報酬契約が原告らと弁護士間に成立していたものと認められ、また控訴審における報酬契約については、原判決言渡後、本件控訴状が当裁判所に提出されたこと記録上明らかな四九年三月二五日までの間に結ばれたものと推認される。

(ハ)  ところで前述のとおり、原告らは原審では不法行為による逸失利益等の損害を主張しながら弁護士費用の損害を請求せず、当審に至つて一・二審における弁護士費用のそれを追加請求し(請求拡張の旨を記載した準備書面が当裁判所に提出され且つ陳述されたのが五〇年二月二五日であることは記録上明らかである)これに対し被告は消滅時効を援用している。

このような場合、弁護士費用の損害賠償請求権は報酬契約成立のときから消滅時効が進行するものと解されるのであつて(最高裁四五年六月一九日判決参照)、本件においては、前記のとおり一審における弁護士費用の損害請求は当該報酬契約成立のとき(遅くとも訴提起のあつた四二年五月二四日)から起算して三年以上経過した五〇年二月二五日になされたことが明らかであるから、右請求権はすでに時効により消滅したものといわざるをえない。

なお、二審における弁護士費用の賠償請求権が時効消滅しないことは前認定の事実によつて明らかである。

よつて、被告の右抗弁は一部その理由がある。

(ニ)  そこで、二審における弁護士費用の損害額について考えるに、本件訴訟の困難度、争訟期間、認容額等諸般の事情を考慮すると、三〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(七)  以上の認定によれば、亡弘が被つた損害額は前記逸失利益に前記過失割合を乗じ、これから損害填補額を差引いた二五四万三〇〇四円と慰藉料額の合計三五四万三〇〇四円であり、これを原告らが各三分の一宛相続により承継したものである。これに原告ら固有の慰藉料額各六〇万円及び弁護士費用各一〇万円を加算すると、各原告につき一八八万一〇〇一円宛となる。

四  結論

しからば被告は原告らに対し、それぞれ一八八万一〇〇一円及びうち一七八万一〇〇一円に対する本件事故の日である四一年二月五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払義務があり、原告らの本訴請求(拡張請求)は右限度では理由があるので認容するが、その余は失当として棄却すべきである。よつて、これと異る原判決を本判決主文一項のとおり変更することとし、被告の本件控訴は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 藤野岩雄 中川敏男)

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